ドゥブロヴニクからボスニア・ヘルツェゴビナ日帰りツアーその2 モスタル編

ポチテリからさらに30分ほどネレトヴァ川を上流に進んでモスタルに到着しました。中心地から少し離れた教会の脇に車を停めて観光スタート。ブランコから改めて注意事項のお達しがありました。ロマのスリが多いからリュックは前に抱えること。もしパスポートを盗まれてしまうと、サラエボの大使館まで行かなきゃいけないから絶対に盗まれないように!クロアチアもモンテネグロも極めてピースフルな雰囲気だったので、ちょっと気が引き締まりました。
みんなで橋(スターリ・モスト)に向かう道すがらブランコが内戦について教えてくれました。この辺は戦火が激しく隣人同士が殺しあったらしい。この通りを挟んで銃撃戦があったんだよ。本当に恐ろしい戦争だったんだよ・・・。
ドゥブロヴニクはかなり復興も進んだのでつい20年前に戦争があったなんてなかなかな信じられないけど、モスタルは街の雰囲気も暗く、銃痕が残っている建物も多く戦争の残り香が漂ってる。5分くらい歩くとお土産物屋が多くなってきた。

モスタル旧市街へ
ブランコがスターリ・モストのオススメスポットを紹介してくれました。ここから見る橋はキレイだよと。橋に表も裏もないと思うけど、なんとなくこれは「裏側」という感じがします。でも人も少なくて確かにいい眺めだな。
スターリ・モスト
ここで2時間自由行動になりました。お昼もみんな適当にここで食べてね。1軒オススメレストランを紹介しておくよということで、橋の近くに有るSadrvanというレストランのウェイターと話してメニューを見せてもらいました。モスタルはオスマントルコの影響が強く、このレストランの料理もトルコ料理っぽいメニューが多いようです。まあ迷うのもなんだし後でここで食べよう。レストランも紹介してもらって一旦解散!ドイツ人のおじさんは早速橋へ。日本人のMさんは土産物屋へ向かいました。僕らはまず橋へ向かったのですが、橋のたもとの塔で内戦前後の写真展が開催されていたのでちょっと覗いてみました。
橋のふもとの塔で写真展が開催されてました
今はドゥブロヴニクに住んでいる写真家の展示会だそうです。生々しい戦争の写真の数々。スターリ・モストは今でこそ夏は飛び込み大会なんかが開催されて明るい雰囲気も出てきたけど、やっぱり戦争のイメージが強いなあ。今日はどんより曇っていることもあって暗ーい気持ちになってしまいました。
内戦で破壊された直後は吊り橋でした
塔の上の窓から橋を見下ろすと同行者のドイツ人のおじさんがのんびり川を眺めていました。このおじさん60歳くらいかなあ。一人であまり楽しそうでもないし、どんな思いでここに来たんだろう。
塔から橋を見下ろす
写真展を後にしていよいよスターリ・モストを渡ります。橋は階段状になっているんだけど、一段一段がやや傾斜が付いていて石がツルツルなもんだからなかなか歩きにくいです。雨でも降ろうもんなら転ぶ人が結構いるんじゃないでしょうか。対岸に渡ると少しロマの人たちがいたけどあまり危険な感じはしない。ロマの男の子が歌を歌っていて小銭を稼いでいました。スリをしたり、物乞いをするよりも、こうして何らかの価値を提供してお金を得ようとするのは偉いなと感じました。誰に教わったのか分からないけど、よし歌を歌って稼ぐぞ!とある日考えたんでしょうね・・。この若さで。ヨーロッパにおけるロマの問題は根が深くて軽はずみなことは言えないけど、ともあれ厳しい環境におかれても誠実に金を稼ごうという気持ちを持てるということは、なかなかできることじゃないと思います。立派です。土産物通りを抜けるとジャーミヤがあります。ジャーミヤというのはモスクのことです。トルコではジャーミィと言ってたので、やっぱりトルコの影響が色濃く残っているんでしょうね。おっかない顔をしたお兄さんが門番をしています。どうやら有料らしい。もう少しウェルカムな雰囲気だったら入りたいけど、かなり拒絶的な感じなのでひるんで入れませんでした。お金を払ったら入れますよ、というより金を払わない奴はここに来るな!と顔に書いて有る感じだったので。庭からの眺めが良いと地球の歩き方に書いてあったけど、まあさっきブランコが紹介してくれた場所からの眺めと大して変わらないだろう。特にすることもないので、観光チックな通りからちょっとだけ離れた通りを歩いてみよう。でも治安が必ずしも良いとは言えない雰囲気なのであまり離れすぎない程度に。
壁に銃痕が残ってます
車を降りたあたりで見たような銃痕が残っている建物が多い。写真を撮っているとおじいさんに話しかけられた。「ヤーパン?」そうです。これって銃痕?あんまり通じてないようだ。身振り手振りでマシンガンを撃つ仕草をしたら「ああ、そうだよ」。
うむ。これ以上何を言えばいいのかわからない。おじいさんも話しかけてきた割には英語は全くわからないようだ。妙な沈黙が流れながらもしばらく僕と奥さんとおじいさんで並んで歩きます。ちょっと気まずいから、じゃあと言って別れました。路地をウロウロしているとまたスターリ・モストに戻りました。まあ結局モスタルというのはスターリ・モストに尽きるんだなあ。
さっき紹介してもらったレストランでランチにするか。スターリ・モストを渡って戻ろうとすると、なんと橋の真ん中で欄干をまたいで川の下を見つめている男性がいる。え・・何してるんでしょう。
な・・何をしてるんでしょうか??
まさか飛び降り自殺では・・と一瞬思ったけど、そんなことを全くしそうにない感じのイカツイ雰囲気の男性だ。どう見てもこれから死ぬようには思えない。夏の飛び込み大会のイメージトレーニングでしょうか。これからどうするのか興味津々だったけど、じっとしたまま動かないので諦めてレストランに行きました。
こんなに怖いところに立ってます
レストランに入ると同行者のドイツ人のおじさんが一人でご飯を食べてました。あーどうもーって簡単に手を振って挨拶をして、おじさんとは違う席につきました。社交的な感じじゃないので多分一人にしてあげた方が良いんだと思って。ところがなんとおじさんがお皿を持って僕たちのテーブルに来ました。へー、一緒にということですか?こちらは全然構いませんよ。僕はピタでケバブを挟んだような料理を注文。Ćevapiというようです。奥さんは野菜スープ。
トルコ料理っぽいです
野菜スープ
おじさんは自分からこちらのテーブルに来た割には全然喋らない。無口だけど一人は嫌なのか、それとも顔見知りなんだから別のテーブルで食べるのは失礼だと思ったのか・・。全然不機嫌そうではないんだけど、楽しそうでもない。まあ英語がほとんど出来ないからかな。色々質問すると必死に堪えてくれようとするんだけど、英語がなかなか出てこないみたい。昔日本も旅行したことがあるとのことでした。とりあえずコトルはモスタルよりも気持ちがいいところだからオススメしておきました。ずいぶん先に食べ終わったおじさんは先にお会計をして店を出て行きました。僕らも食べ終わってもう少し観光。レストランの脇の階段を下りていくと川原まで行けます。
川から見上げたスターリ・モスト
川原には戦争で壊される前の橋に使われていたと思われる石が転がってました。その一つに文字が刻み込まれています。写真を撮っておいてあとでブランコに訳してもらおう。スターリモストの近くにはミニスターリ・モストというような感じの橋があります。
Crooked Bridge
この橋は戦争でダメージを受けて、その後の洪水で完全に壊れてしまったそうです。それをユネスコの寄付で再建したんだそうです。
以上、モスタル観光完了。集合場所の車に戻るとドイツ人のおじさんは戻ってました。Mさんはまだでしばらくすると戻ってきました。お土産をかなり物色していたそうです。
さあクロアチアに帰ります。と、ここでブランコから提案。「まだ少し時間があるからメジュゴリエかストンに寄れるけどどっちが良い?」メジュゴリエは昨日僕がブランコにできれば寄ってほしいと言った村で、聖マリアが出現したと言われているポルトガルのファティマみたいな村です。他のモスタルツアーでは訪れるツアーも多かったので言ってみたんだけど、ストンと言う選択肢もあるのか・・・。ちょっと迷ってると、Mさんが力強く「ストンがいいです!」おおー。迷いがなくて素晴らしい。Mさんは言ってからすぐにちょっと我に返った感じで「あ、勝手に決めちゃいましたけどよかったでしょうか?」いいですいいです。昨日はメジュゴリエに行きたいと言ったものの、聖マリアの伝説はローマ法王もかなり疑ってるらしいし、ストンの城壁は見てみたい。ストンに決定!
って、ドイツ人のおじさんは大丈夫でしょうか??あーどっちでも良いよというお返事。いやーこの脱力系いいですねえ(笑)メジュゴリエを諦めたのでブランコに聞いてみました。聖マリアの伝説を信じる?「NO!」やっぱりそうですか。じゃあ神は信じてる?クリスチャンでしょ?「いや、クリスチャンだけど信じない。神は自分の心にしかいない。戦争に行くとそう思うようになるよ」いやはや本当に一つ一つが重いです。僕ももっと祖父に戦争の経験をきちんと聞いておくべきだった・・・。
ともあれクロアチアに帰ります!というかストンに出発!

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