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僕らはみんな生きている

こういう公開式の日記に今日のことを書くかどうか迷ったけど、友達、両親、命、大切なことをいっぱい考えた一日だったので書くことにする。
2004年2月18日に大学時代の友達のJOEくんがサーフィンをしていて行方不明になった。状況からみて一人きりでサーフィンをしていたようで目撃情報も少なく、ご家族を中心に彼の生存を信じて必死に捜索活動が行われたけど、ボードは発見されたものの本人は見つからずに今日に至った。
遺体が発見されたわけでもないので亡くなったとは考えたくないんだけど、客観的に理屈で考えればそういうことになるのかもしれない。ご家族の葛藤は言葉で表せないものだと思う。さぞかし思い悩んだことだろうと思うけど、ご家族は去年の秋に死亡届けを提出して、JOEくんは法律的には亡くなってしまった。どこかで生きていて欲しいと誰よりも願っているのに、死亡届けを出さなきゃいけないのはどんなに辛いことか。
ご家族も友達もJOEくんが亡くなったとは考えられないけれども、誰も彼と連絡がつかなくなってしまっている状況なわけで、このまま時間が過ぎ去ってしまってJOEくんの存在がだんだん忘れられてしまうのはあまりにも悲しいので、今日JOEくんを想う会が開かれた。
ご家族と友人が40人くらい集まって、JOEくんの写真とかビデオを見ながらみんなで歓談。結婚式の2次会みたいな雰囲気だったけどやはり当の本人がいないのがとても寂しい。
僕はJOEくんとは大学の授業の合間にしゃべったり、たまに一緒に帰ったりした程度なので今日集まった友達の中では思い出も少ないほうなんだけど、今日流れたビデオを見ていて一つ思い出した。
それはJOEくんが組んでたバンドのライブのビデオで、その時彼は白と黒のボーダーのTシャツを着てた。僕はそのJOEくんのボーダーTシャツ姿を見るまでボーダー柄ってなんか弱々しくて好きじゃなかったんだけど、彼の着こなしを見て「ボーダーってかっこ良い!」って思ったんだよね。それ以来すっかりボーダー柄が好きになって、今じゃけっこうボーダー柄のアイテムを持ってる。正直言って今日そのビデオを見るまですっかり忘れてたけど、そういえば僕がボーダー好きになったのはJOEくんの影響だったんだなあと。なんかすごく小さいことなんだけど、確実に僕の中で彼が生きてるって感じがして嬉しかった。
つきあいが浅かった僕だからこんなささいな形でしか残ってないけど、他の友達もこういう小さな思い出や忘れられない強烈な思い出があるはず。そうやって多かれ少なかれ彼が与えた影響は色んな人の心にずっと残っていく。
こないだ見たパリ、テキサスって映画の中でハンターって子が言ってたけど、人の死ってどうやって決まるんだろう。誰が決めるんだろう。もしかしたらJOEくんは旅行に行ってるだけかもしれない。臨終の際を見届けたとしても眠ってるだけかもしれない。医者が機械を使って死んだと宣告したとしても本当にそうなのか?って疑いたくなるだろう。もちろん理屈じゃ分かるよ。心臓止まって、息してなくて冷たくなったら死んでるんだろうけど、それはその人の死を受け入れる要因にはならないんじゃないか。
僕はまだ祖父も祖母も両親も健在で人の死をきちんと受け入れたことがない。みっちゃんもJOEくんも状況からして到底受け入れられるものじゃないから何年経っても実感がわかない。二人とも遠くに住んでたということもあって、今も遠くに住んでるだけって気がしちゃう。これからも頭では分かってるつもりでも、彼らの死を理解することはないんじゃないかと思う。
逆に今日理解できたのは確実に人の心の中に人は生き続けられるってことだ。さわれもしないし、返事もしてくれないけど生き続ける。これまた考えたくないことだけど、僕もそうありたい。ささいなことでもいいから奥さんや友達の中にそして出来れば将来は子供の中に生き続けていたい。肉体はとても大切なものであることには間違いないけど全てじゃない。魂(と呼んでいいのかわからんけど)が必ずある。それは自分の中にあるもんじゃなくて自分を取り囲む周りの人の心にあるもんだ。
会が終わってからいつものサッカーの練習に行った。こうしたなんでもない時間の共有は魂の共有なんだなって思った。

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